NARRATIVE
NARRATIVE : THE WORD COFFEE
もう一つの景色。
存在しなかったはずの、時間、出逢い、言葉。
とても長い間、灰色に覆われた、色の失われた空間を彷徨っていました。そこには無数の欠片が散らばっていて、その殆どが壊れてしまっていました。呼吸は浅くなっていき、感覚さえ失われつつあり、その苦しみから逃れるために、消えることだけを繰り返し考える日々が続きました。
灰色の空間は、暗闇へと変わりつつありました。
脆く、崩れ落ちそうな境界に立ち、深淵を覗こうとしたその時、散らばった欠片たちのなかに、微かに色彩を見ました。全てが暗闇に覆われてしまう前に、それを集める必要がありました。
記憶が曖昧になるくらい、とても長い時間をかけ、色を持つその欠片たちを集め続け、ふと顔を上げると、暗闇に変わりつつあった灰色の空間が、色彩のある景色に変わっている事に気づきます。
色を持つそれは、記憶のなかの深く、忘れかけていた言葉の欠片たちでした。
これまでに起こった事の全てが繋がっていたという事に気づき、流れの必然性をそこに感じました。
灰色の空間に散らばったそれのなかに、鮮やかな琥珀色と、沢山の言葉を含んだ欠片がありました。
十数年前、灰色の空間に迷い込む以前、ある肌寒い秋の夕暮れにSpecialty Coffeeと出逢います。幼い頃から口にしてきたCoffeeとは全く異なる、透明感のある鮮やかな琥珀色のそれとの、記憶に深く残る出逢い。
それまでは趣味の一つとして、あまり深く考えずに触れていたCoffeeへの認識を一瞬で変えてしまい、その奥深い世界に入り込むきっかけとなったあの出来事がなければ、灰色の空間の、色を持つ欠片のなかにそれは存在せず、今こうして、Coffeeの届け手となった自分も存在していなかったでしょう。
ほんの些細な出来事が、意識せずとも連鎖していき、それは互いに影響しあい、そしてそれぞれの色彩、景色となっていく。
そのような小さなきっかけから産まれる、新たな世界への入り口の鍵は、私の場合、あの肌寒い秋の夕暮れに触れた、たった一杯のCoffeeでした。
もし再び、灰色の空間に飲み込まれたとしても、もう迷う事はないでしょう。色彩を持つ欠片と、それに含まれる多くの言葉たちが、そこには確かに存在するのですから。
これから先も、この言葉たちを紡いでいければと、そう思い、願っています。
呼吸が、言葉が、失われることがないように。